気まぐれ日記 09年3月

09年2月はここ

3月1日(日)「超超超過密スケジュールの3月が始まった・・・の風さん」
 4月から「技術教室」という雑誌で連載を始めるので、今日までに2回分の原稿を提出する約束をしていた。ところが、先週末の東京出張で雪に見舞われ、久しぶりに風邪をひいてしまった。それで、昨夜は徹夜になって、寝たのは今朝の6時である。
 何とか午後1時前にベッドから這い出た。
 インスタントのカレーうどんで腹ごしらえして、今日の仕事を始めた。
 今朝の続きではない。たまっている雑用だ。
 どうやら風邪は治ったらしく、少しずつだが、仕事が片付いていく。
 さすがに、その雑用の山崩しも夕食までだ。秘書がいたら、秘書にやってもらいたいことばかりだが、個人事業なので、みーんな自分でやらなければならない。
 夕食後は、今朝の続き。連載の第1回目と第2回目の原稿を見比べながら(マルチディスプレイが威力を発揮するなあ)、バランスをとって修正していく。
 だいたいできたので、午後11時に電子メールに添付して送付した。
 1月に匹敵する超過密スケジュールの3月が始まった。4月になって、全部こなせていなかったなら、きっと鳴海風は死んでいるだろう。
3月2日(月)「次女の卒業式に出席・・・の風さん」
 午前5時起床。不況のあおりで全社一斉休業日となった今日、次女の高校の卒業式だった。
 ワイフも一緒にウィッシュに3人で乗って、近隣のスタジオで次女を変身させに行く。
 約1時間半後、昔の女学校生風の袴姿に! 髪型もゴージャスになっていた。昨今の風潮らしいが、日本的でいい。伝統や文化は国の基盤だ。
 知多半島道路から名古屋高速へ乗ったが、不況などどこ吹く風、通勤ラッシュである。
 式は国旗を掲げた体育館で「君が代」斉唱から始まった。さすが我が母校の秋田高校を上回る創立130年の伝統校だ。ところが、来賓祝辞とかいった退屈な挨拶はほとんどなく、最後は「旅立ちの歌」で、30分ほどで終わってしまった。それにしても合唱のうまい高校だ。
 これで終わりかと思ったら、そうではなく、続いて卒業生や在校生が企画する「卒業会」になった。DVD版の卒業アルバムで湧いて、卒業記念品贈呈では「テント2張り」が読み上げられ、在校生代表が「大切に使わせていただきます」と真顔で挨拶したのには、卒倒するほど場内が盛り上がった。
 今日は快晴だったが、風が冷たくて、治っていた風邪と花粉症がぶり返してしまった。
 帰宅してすぐ薬を飲み、ベッドに横になったら、あっという間に寝てしまった。
 明日から大丈夫だろうか。
 
3月3日(火)「花粉症との闘い・・・の風さん」
 このところの体調不良は、100%花粉症にほぼ間違いない。
 ときどき雨が降ったりしているが、花粉予報も最悪だし、周囲の人たちの多くも苦しんでいる。昨夜、就寝前、今朝の朝食後、そして昼食後と続けて花粉症の薬を飲み、常時マスクも使用して、それでも目がかゆいし、鼻の奥がぐずぐずする。目薬も何度もさしてゴロゴロ感を解消する必要がある。特に発熱もなく、会社の仕事も、プライベートの方も、効率が著しく落ちているので、これはもう花粉症に決定、だ。
 それにしても課題が山積で、目の前が真っ暗である。
 退社する直前に、明日を急遽有休にした。明晩の大野先生とのゼミの前に、少しでも頭を整理しておかないと話にならないからだ。
 昨夜、気まぐれ日記を更新して、アクセスカウンターをチェックしたら、やっと112000をこえたところだった。ここのところほぼ毎日気まぐれ日記を更新しているが、話題が貧困では、新たな読者を釣り上げるのは難しい。

3月4日(水)「有休をとって学業・・・の風さん」
 どこかの政治家(複数)と一緒で、断崖絶壁に立たされている気分だ。
 目が覚めて外を見たら、どんより曇っているが雨は降っていない。
 今日の有休を無駄にしないため、寝坊せずに起床。
 朝刊をチェックすると、今日の花粉飛散予報は「非常に多い」。危険信号が真っ赤に点灯しているわけだから、花粉症対策のため、朝食後、一番強い薬を服用した。
 書斎の中でもマスクを着用したが、なかなか気分がスッキリしない。
 午前中に、日本経営工学会春季大会の申込書を作成した。明日が締め切りだ。ギリギリのようだが、昨年の秋季大会は、うっかりその締め切りを過ぎてしまったのだから、前日に作成しているのはまだ許せるか(笑)。
 昼食後、CARV2009のためのmanuscript作成準備をした。日本語の論文を4分の3に減らしたのだ。いきなり英語で作成するのではなく、完成している論文からエッセンスを抽出して構成し、それから英訳をする予定。月末が締め切りなので、だんだん厳しくなるぞ。
 夕方から大野先生と相談するため、愛工大八草キャンパスへミッシェルで出かけた。最近、ミッシェルの運転をすることが多いので、ロングドライブでも平気だ。
 片道1時間50分かかった。
 やはり相談すると解決することが多い。約1時間の打ち合わせを終えて、八草キャンパスを後にした。
 帰りは1時間40分かかった。比較的流れの良いドライブで、気持ちよく走れた。
 
3月5日(木)「上野先生の最終講義・・・の風さん」
 京大の上野健爾先生の最終講義があるので、何が何でも聴講したいと思い、計画有休にしていた。結果として2連休になってしまったが。
 せっかく京都へ行くので、昨夜は取材計画も立案していた。
 しかし、今朝、目が覚めて、やはり時間が惜しい、と思い直し、出発を4時間遅らせて、色々な雑務を片付けにかかった。結局、確定申告の準備がほぼ半分できた。
 今日の京都は風もなく暖かだった。
 京都駅から市バスに乗った。17系統で銀閣寺方面へ向かうバスだ。昨夜、市内の取材計画を立てるとき、しっかり地図をチェックしていたので、バスに乗りながら、自分の位置が認識できた。
 最終講義のある理学部は、吉田キャンパスの北部にある。京大農学部前のバス停で降りた。
 門のところに最終講義があることが立て看板で出ていた。
 少し時間があったので、初めて数理解析研究所と湯川秀樹記念館の前まで行ってきた。
 最終講義には100名以上の聴講があった。上野先生がご自身の数学人生を「複素多様体に魅せられて」と題して講演されたのだが、色々なことに疑問を持ちながら深く考えることができた、幸せな時代であったということを感謝しつつ、今の若い人たちにそういう考える時間をあまり与えることができていないことを悔やまれていた。
 受講ノートは9ページ埋まった。難しい内容だったが。
 終わってから和算書の貴重書をいくつか見せていただいた。保存状態の非常に良い書物が、キャビネットにぎっしりあった。日本の文化遺産であり研究材料の宝庫である。同じフロアの先生から、大切なコピーまで頂戴した。私の宝物になる。
 感謝の集いにも参加し、多くの先生方と交流できた。
 和算という題材をコアに小説を書いている間に、ネットワークがまた広がっていくのを感じた。こういう機会を得られるのも、上野先生のお陰である。
 今日は、往復の新幹線の中で、ゲラの校正をやった。忙しい風さんではある。
 
3月6日(金)「現実とは・・・の風さん」
 2日間会社から離れていて、再び会社に戻ると、厳しい現実が待っていた。会社の中が現実で、外がバーチャルだという意味ではない。外も現実で、中も現実なのだが、より当事者である会社の中が、自分にとっては現実感がある。
 たまったメールを処理しながら、会議に出ながら、昼休みには近付いている英語のmanuscriptの構成を考えながら、また現実に戻る。
 そういう中で、職場の若手の家に待望の赤ちゃんが生まれたというニュースが飛び込んできたりもする。これはめでたい。本当にめでたい。これこそ何をさておいても祝福すべきことだろう。
 そうして、会社の1日が終わった……いや、勝手に終えた。私は忙しい(笑)。
 帰りにミッシェルに給油して帰ることにした。もう走行距離が13万5千キロを超えた。97年式のユーノスロードスターである。20万キロは乗ってやろうと思っている。
 
3月7日(土)「劇に感動した後はタイ料理・・・の風さん」
 五大路子さんの公演「憂いも辛いもいろはにほへと」を観るため、家内と横浜へ出かけた。
 恍惚の猫シルバーや受験生を置いての外出なので、早朝から出発というわけにはいかない。
 久しぶりに晴れた空の下、最寄りの駅へ向かった。
 行きの新幹線車中では、執筆の仕事をした。5月に出版される『円周率を計算した男』の文庫のゲラ校正である。先日の東京出張や、京都往復の新幹線の中でも、このゲラ校正をやっていた。こういうときしかやっている時間がないのである。
 みなとみらいの桟橋Pier21にぷかりと浮かんでいるレストランに昼過ぎに着いてランチにした。グラスワインを注文したら、たっぷり注いでくれた。疲労もあって、かなり酔いが回ってしまった。
 昼食後、みなとみらい線で元町中華街まで行ったが、山手地区をぐるりと歩いて、西洋建築を見物した。人が住んでいないのがもったいない建物ばかりだ。周辺にもおしゃれな家が多いが、人が住んでいないような感じもする。観光地になってしまったら、生活空間とは呼べなくなるのかもしれない。
 元町通りをショッピングしている間に、どんどん時間が経ってしまい、再びみなとみらいへ。
 公演はランドマークプラザ5階にあるランドマークホールでおこなわれている。初日に届くようにフラワーアレンジメントを手配しておいたのだが、ホールへ入ると、すごい量の立派なフラワースタンド群で、自分の送った小さな花は、よく探さないと見つからなかった(笑)。
 公演は素晴らしかった。ビデオでも観ていたので、ストーリーを熟知しているのだが、それでも面白いし、大和田伸也との息の合ったやりとりにも感動した。それに、席が中央前から2列目という、恐るべき位置で、もう目の前で演じてくれているのである。役者の額に浮かんでいる汗のひと粒まで見えた。
 劇中劇も迫力があった。演技力もすごいが、やはり長谷川伸の作品の本質的な魅力、つまり人間が見事に描かれているからだろう。
 公演を堪能したあと、再び横浜へ戻って、タイ料理で夕食にした。大野優凛子さんが勧める「美人になれるタイ料理」である。明らかにタイ人がやっていると思われるレストランで、料理は本格的だった。ただし、あまりの辛さに口の中から唇の先までヒリヒリと痛かった。

3月8日(日)「しばしも休まず(?)・・・の風さん」
 とにかく仕事がいっぱいたまっているのと、置いてきた受験生や恍惚のシルバーが心配で、まっすぐ帰宅することにしていた。
 昨日の青空が嘘のように、今日はどんよりと曇っていて、気温も低かった。
 帰りの新幹線の車中で、またゲラの校正。これで短編4つの校正が終わった。
 午後1時頃、うちにたどり着き、カレーうどんで昼食にした。1日遊んだ後なので、ぜいたくはできない。
 昨夜から花粉症が悪化していて、睡眠中呼吸困難に陥っていた私は、すっかり喉をやられていた。辛いタイ料理の後が花粉症で、昼食も熱くて辛いカレーうどんだったので、もう喉は二度と立ち直れないほどがらがらになってしまった(笑)。
 そんなこともあり(意味不明)、とりあえずちょっと昼寝してから、仕事にとりかかろうと思って、ベッドに横になったら、そのまま3時間も寝てしまった!
 休んでいる余裕など、本当はなかった。
 結局、その後、午前3時まで頑張って、今週の学会発表の準備をすることになってしまった。
 もっとも、午前3時まで頑張ったが、完成はしていないので、また明日もやらねばならない。
 
3月9日(月)「出張前夜も大忙し・・・の風さん」
 昨夜の就寝は午前3時になってしまったが、7時の目覚ましで起床。ま、1日くらい寝不足でも何とかなるだろう。わっはっは。
 今日は夕方から本社へ出張する可能性があるので、ミッシェルで出社。
 朝のラジオ体操にも間に合った(やれやれ)。
 明日から出張して学会での発表があるので、会社の仲間に確認しておきたいことがあった。昨今の経済状況から予想される質問があるからだ。他にもいくつか雑用があり、出張に行く前にどうしても片付けておきたかった。
 それにしても花粉症がちっともよくならない。薬も飲んでいるし、目薬もさしているのだが。
 途中でクリーンルームに30分ほど入ったら、明らかに症状がおさまる。うちのクリーンルームは間違いなくクリーンルームらしい(笑)。
 しかし、外へ出たらまた我慢できなくなったので、診療所へ行って、ちょっぴり薬ももらった。
 会議の合間合間に雑用も着実に片付けていく。
 昼休みに売店に従業員販売の品物を注文し、廊下から新人物往来社へ電話して、ゲラの返却日程の確認などもした。
 こうして、あっという間に夕方になり、本社へ行くことになった。まだ色々とやり忘れていることがあるような気がするが、もう時間がない。
 とにかく、ここまで居眠りすることもなくやってこれたのは立派だ(自画自賛)。
 外はたそがれ時になっていて、わずかばかり小雨がぱらついていた。
 本社の会議を終えて、まっすぐ帰宅した。
 家へ着いてから、やり残していることがいくつかあることに気が付いた。
 夕食後、学会発表のビラ修正に着手したが、ここで疲労と寝不足が襲ってきて、一気に能率が低下した。
 就寝したのは、結局、二日連続の午前3時である。ああー。

3月10日(火)「花粉症に耐えながら学会発表聴講・・・の風さん」
 目覚ましを5時50分にセットしてあったが、ちゃんと目が覚めた。人間、追い詰められていると、体内時計が厳格になるらしい。しかし、昨夜の睡眠時間は3時間もないぞ。
 最寄りの駅から名古屋まで、ひたすら瞑目して、休養に努めた。
 新幹線に乗る前に、花粉症用のマスクを買った。
 鼻がつまって、頭が重いので、行きの新幹線は睡眠の補給にすることにした。
 車窓の外の世界は目が痛いほどの晴天だが、ブラインドを下まで下ろして、爆睡。持参してきたゲラはカバンの中。
 東京から有楽町へ戻って、地下鉄に乗り換えて、市ヶ谷の法政大学へ向かった。
 日本機械学会生産システム部門講演会。
 この近くには何度も来ているが、キャンパス内に入るのは初めてだろう。
 午前中の後半のセッション開始に間に合った。他人の発表を聴講しながら、明日の自分のビラを修正しなければ、と強く思った。
 昼食は外へ出てレストランに入った。ワイフからメールがあり、次女の本命大学の受験結果が駄目だったらしい、と書いてあった。やはり芸術系は難しいなあ。
 講義棟に戻る前に、外から、椎間板ヘルニアで自宅療養している会社の同僚に電話して、様子を聞いた。回復にはまだ時間がかかるらしいが、とりあえず元気な声を聞くことができた。
 午後から特別講演を聴講した。その間に、会社の仲間と知人を発見した。
 花粉症の症状はちっともおさまらない。目がしょぼしょぼして苦しい。
 続けて、またセッションを聴講。今日はおとなしく聞くだけにするつもりだったが、けっこう盛り上がってきたので、最後は私も質問したりした。
 知人は部門の重要な役割をになっているので、その後の懇親会にも半分出席した。
 ホテルにチェックインして、パソコンを立ち上げようとしていたら、無線のマウスの電源が入らなかった。どうやら電池切れらしい。「なにも東京で電池切れになるなよ」とぼやいたが、マウスは死んだまま。仕方なく、コンビニまで電池を買いに行った。
 買ってきた電池を入れたらマウスが使えるようになった。本当に電池切れだったんだあ(笑)。
 準備はできたが、花粉症は最悪だし、疲れてもいる。
 仮眠することにした。このまま朝になってしまったら、とんでもないことになるが、それも運命だろう。
 やはり気が張っているのだ。ちゃんと今日のうちに目が覚めた(^_^;)。
 結局、自分で納得するところまで終えるのに、べらぼうな時間がかかってしまった。
 就寝は午前4時! ここ3日間で最悪となってしまった。

3月11日(水)「連日連夜の頑張り過ぎ・・・の風さん」
 午前7時に目覚ましをセットしておいて、ちゃんとその時刻に目が覚めたが、身体が起きるのをいやがっていた。それで、目覚ましを午前8時に延長して、もう少し寝ることにした。朝一番の発表から聴講するのは困難になったが、他人を発表を聴いていて、自分が発表できなくなったらシャレにならない。
 8時直前に観念してベッドから起き出した。
 9時過ぎにホテルをチェックアウトし、地下鉄で中央大学後楽園キャンパスへ向かった。
 もうピークは過ぎていると思ったが、まだ通勤ラッシュの時間帯で、久々にぎゅうぎゅう詰めを経験した。これが毎日じゃ、僕はきっと田舎へ逃げ出すだろう。作家は繊細だ……なんちゃって(^_^)。
 後楽園球場や東京ドームには行ったことがないが、ここは何度か来ている。切支丹屋敷の取材、シビックセンターでの講演、日本数学会出版賞の受賞式など。しかし、先日のおぞましい殺人事件の現場だけに、入門チェックは厳しかった(私は学生証を見せた)。
 先ずは発表の運営状況をチェックした。昨日の日本機械学会は、比較的おおらかで、若干の時間延長による遅れは、休憩時間で吸収する考え方らしかった。今日の精密工学会はどうかというと、よく似ていて、これなら途中で打ち切られることはないだろう、と安心した。
 とは言え、今朝未明までのビラのリファインで、枚数がかなり増えている。減らそうかと思いつつ、バッテリーでパソコンを立ち上げ、シナリオを再検討したが、どうも無理そうだった。
 そこで、「立て板に水」作戦で行くことにした。つまり、高速スピーチである。流れるように喋ってしまえば、少々分かりにくくても立派な発表に見えるものだ。ただし、確実に理解できる人は、同じ分野の研究をしている人と、知能指数が200以上の人になってしまうが。
 無言で練習をしながら、他人の発表を聴講した。
 昼休みも買ってきたパンで済ませた。
 途中、会社の仲間と電話で話し、昨今の不況の中、開発した生産システムがどのように貢献しているか確かめた。
 午後一番の発表だったので、パソコンのセットアップなど、余裕をもってやれて良かった。
 今朝飲んだ強力なカプセル薬のお陰で、花粉症も下火になっていた。
 思った通り「立て板に水」作戦で、本番を乗り切った。発表後、想定外の質問が出たが、抵抗するだけの知識も見識もないので、素直に受け入れて、今後の課題とさせていただいた。
 午後の最初のセッションが終わったところで、学生風の若者が二人近付いてきて「先生」と声をかけられた。愛工大でも、老いぼれ風体の私は教官と間違われる。しかし、ここでは違った。
「鳴海先生」
 おおっ! 中央大学理学部数学科の人たちだったのだ。3年前にお世話になったM松研究室のM田さんとS井だった。M松先生は、あいにく今日からドイツ出張に出かけられたので、久しぶりにお会いすることができなかったのだが、研究室の人に伝えておいてくれたらしく、私の発表を聴きに来てくれたのである。うれしかった。
「どうでした、私の発表は。分かりましたか?」
「難しくてよく分かりませんでした」
 どうやら「立て板に水」作戦は、この二人にはひどい仕打ちをしてしまったようだ。
 その後、先生が不在の研究室へ案内してもらい(なんと同じ棟の最上階にあった)、記念写真も撮ったりした。コーヒーまでご馳走になってしまった。
 こういうことなら、何かお土産でも持ってくるんだった、と思ったが、後の祭りである。
 ……、帰宅してから、確定申告書の作成に取りかかった。今年は、web上で作成し、印刷したものを税務署へ郵送する手段をとることにした。あらかじめ下書きはしてあったので、数値を記入していくと……、あれれ、まだ雑収入を記入していないのに、印税や原稿料から天引きされている税金額が正確に表示されているではないか! むむ。今まで必死に自分で集計していたのに、お上はちゃんと把握してたんだー。
 この仕事が終了したのが、午前2時過ぎである。わおー、今夜も遅過ぎー!
 
3月12日(木)「本当にフラフラ・・・の風さん」
 結局、昨夜の就寝は午前3時近くなってしまった。ベッドに入って0.51秒後には、もう泥のように眠っていた(^_^;)。
 睡眠は十分ではなかったが、行かねばならぬ、という使命感で、なんとか午前7時に起床した。
 リビングに行って、放り出してあったマスクを見てビックリ! 一昨日、新幹線に乗る直前に、コンビニで買ったものだが、「花粉対策用」とばかり思っていたのが、なんと、包装箱に「かぜ用」と印刷されている。東京でずっとマスクをしていたが、ちっとも効果がなかった。当然だったのだ。
 朝食後、今朝未明まで頑張った、確定申告に記入した数値に間違いがないか、ざっとチェックした。どうやら間違いなかったようだ。とにかく自動計算は楽だ。
 「かぜ用」ではなく、「花粉症対策用」のマスクをつけて家を出た。
 ミッシェルで出社途中、確定申告書を投函した。16日が締め切りなので、これなら間に合う。
 2日間出社しなかったので、メールがたっぷりたまっていた。しかし、会議がけっこう多く、退社時までにすべて処理することはできなかった。
 久しぶりに眠い会社生活だった(退屈という意味ではない、肉体的にまいっていたのである)。
 それでも、ホワイトデーの贈り物はちゃんと渡した。
 昨夜から8時間おきに花粉症の薬も飲んでいる。少しずつ落ち着きつつある。
 帰宅して、明日のゼミの準備をしなければならないのだが、やはり眠い。眠すぎる〜。
 
3月13日(金)「ドイツの準備と塩原温泉の準備・・・の風さん」
 今日も不況の影響による会社の休日である。
 今月末までにCARV2009(@Munich)で発表するためのmanuscriptを提出しなければならないので、その準備を始めた。
 午後からゼミで大野先生を指導を受けるので、必死に取り組んだが、そうやすやすと下原稿ができるわけではない。とりあえず10ページのmanuscriptの、全体レイアウトというか割付のようなものを作成した。
 しかし、電車の時刻が迫ってしまい、昼食を摂る余裕がなくなった。階下へ降りたら、次女のアンパンが目に入ったので、「これ、ちょうだい」と言って、急いで外へ出た。
 最寄りの駅まで走って、自動販売機でカフェオレを購入。電車の中で、カフェオレを飲みながら、アンパンをかじった(笑)。その後、プリントアウトした10ページの割付を再検討した。
 ゼミでは、この割付に基いて相談し、次回と次々回のゼミの約束をし、早々に本山キャンパスを後にした。
 今日は冷たい雨が降っていて、花粉症には幸いだったが、このところ無理しっぱなしの身体には、こたえる寒さだった。
 夜は、5月に予定している新鷹会の「塩原温泉勉強会」のスケジュールを考え、案内状の下書きを作成した。会場となる和泉屋旅館とサポートしてもらう会員に送信した。
 明日にも、電子メールで配信するつもりだ。

3月14日(土)「円周率の日・・・の風さん」
 昨夜作成した「塩原温泉勉強会」の案内状について、和泉屋旅館の了解も得られたので、昼過ぎに、電子メールの通じる会員へ同報通知した。
 日本経営工学会春季大会のスケジュールと重なっているので、私自身が行けるかどうかは、発表日時次第である。とっても微妙。移動時間も考慮すると、発表が日曜日でないと苦しい気がする。
 しかし、とにかく、ここまで順調。
 いよいよ『円周率を計算した男』文庫化のゲラの修正に再着手である。
 夕食の時間までに、残っていた校正はほぼ完了した。
 夕食後、主要登場人物や著者略歴、「文庫版あとがき」の作成に取り組んだ。まだ校正の機会はある筈なので、とにかく「案」を作成しなければならない。
 「文庫版あとがき」を作成し終えて、年月日を書いていて気が付いた。今日は314、「円周率の日」だった! これは何かいいことあるかも。
 こうして、深夜に及んだが、著者の写真の準備以外がすべて終わった。
 
3月15日(日)「ゲラを送付した後は、学会発表準備・・・の風さん」
 ゲラは午前中に発送しないと、明日中に東京へ着かない。
 寝坊しているわけにいかないので、さっさと起きて、先ず、著者の写真を印刷した。
 出版社から着払いの送り状をもらっていたので、電話で取次店を確認して、自分で持って行くことにした。
 ミッシェルで出発。快晴である。
 わたしは観光地に住んでいるので、天気の好い日曜日の外出は避けている。なぜなら、観光客がどっと繰り出しているからだ。道路は大渋滞になることがある。今日がまさにそうなりそうな日だった。世の中不景気でも皆元気がある。
 渋滞を抜けて取次店を目指した。近所だが、分かりにくい田舎の奥にあった(笑)。
 帰宅してすぐ出版社へメールした。午前11時過ぎにゲラを託したことと、内容物の簡単な説明。
 さあ、今日も、ここまで順調だ。次は、18日の学会発表の準備……となるわけだが、その前に、学会出張の交通手段とタイムスケジュールが決めなければ。
 こいつがすげぇ手間取った。名鉄とJRとバスを駆使して行くのだが、組合せが色々とあって、どれが最適か、簡単に判断できないのだ。しかも途中で疲れてしまい、何度も休憩をとりながら作業を続けた。
 また、この勢いで、22日(日)の東京行きのスケジュールも決めた。
 最後は、すべてのスケジュールをケータイへPCから転送して完了。
 結局、学会発表の準備は、夕食後になってしまった。
 明日の朝が早いので、適当に切り上げた。

3月16日(月)「プジョー307・・・の風さん」
 このところ通勤に電車を使うことがない。今日も、本社出張があるので、ミッシェルで出社。
 神棚の参拝はおろか、ラジオ体操の途中から会議に呼ばれた。
 午前中は4つの会議が連続し、すべて常務役員に出席してもらった。
 昼休みにあんかけうどんを食べた(ま、そんなことはどうでもいいが)。食堂の帰りに、CD機に寄って、22日(日)の会費を振り込んだ。京大の上野先生の「退職記念講演会」と「感謝の集い」のためである。自席に戻って、昼休みの残り時間を久しぶりにビジネス英語の勉強にあてた。
 昼一番に会議をやった後から、急激に眠くなってきた。無理し過ぎかも。
 集中力が切れかけていたので、机の上の整理をしたりした。
 夕方からミッシェルで本社へ移動して、常務役員の話を聴いた。会社の経営状況が悪いので、マネージャーの月給をカットする話だ。おっと、この日本語の文法はおかしいな。受動態で書かねば。つまり、月給をカットされる話である。役員は年初からカットされているそうだ。
 次年度の年収は著しく減少する。できれば、作家業を復活しなければ。
 ちなみに、私の勤務先では副業を禁じてはいない。昔、プロデビューを果たした時、就業規則をチェックして私は知っていた。会社の業務に支障が出なければ、副業は可なのである。
 帰りに買い物をして帰宅したが、途中で目の前をプジョー307が走っていた。面白かったのは、そのクルマのナンバーが307だったことだ。こんな確率は1万分の1しかない。運の良い奴だ、と思いつつ後ろを走ったが、しばらくして、そいつが「とろい走り」をしていることに気が付いた。
 帰宅したら、県図書から借りた本を返す準備をしなければならない。
 とにかく忙しい男だ、わたしは。

3月17日(火)「学会初日・・・の風さん」
 目覚ましで5時45分起床。
 カーテンを開けると、2階まで届く高さの白い木蓮が、絵画のように窓枠の中で咲き乱れていた。
 今日と明日は日本機械学会東海支部第58期総会・講演会のため出張である。
 最寄りの駅までワイフの運転するウィッシュで送ってもらった。暖かな朝だが、花粉症は依然として全身にまとわりついている。鼻はつまっていて、目の周りが痒い。
 金山駅で名鉄からJRへ乗り換えた。東京ほどではないが、通勤・通学ラッシュ時を移動するのは、けっこう疲れる。
 岐阜駅から、今度はバスだ。
 バスを待っている間、バスターミナルに到着する大型バスを眺めていると、軽やかにハンドルを切りながら、意外な速度で突っ走って行く。道路が広く見通しが良いとはいえ、スピード出し過ぎだと思った。
 会場の岐阜大学まで、最寄りの駅から優に2時間を超えていた。これが毎日では、私は疲労で死ぬだろう。
 今日は発表ではなかったので、あるセッションを終日聴講した。生体と制御の関連分野だ。けっこう面白かった。特別講演は航空機材料の話で、FRPつまり炭素繊維などをまぜた複合材料だ。30年以上も前、大学の講義で聴いたものが、今では航空機の主材として使われている。技術とは限りなく進化するものだ。
 明日の準備があるので、懇親会には出席せず帰宅した。

3月18日(水)「柳ヶ瀬へ消えた二人・・・の風さん」
 昨日と全く同じパターンで出かけた。
 岐阜は今日も上天気だった。花粉症は相変わらずひどいので、昨夜飲んだ薬に加えて、今朝、強力なやつを飲んできた。
 昨日は気付かなかったが、東北大学の同窓生の(今は岐阜大学の)先生に声をかけられた。そういえば、岐阜大学にいらっしゃったのだ。ボケの私はすっかり忘れていたが、声をかけてもらってうれしかった。
 夕べ、発表資料をリファインしたが、今回は発表時間が10分しかなく、スムーズに話す練習が必要だった。それで、昼一番の発表に備えて、午前中は休憩所で、発表練習をしつつ資料のさらなるリファインに取り組んだ。
 それが終わる頃、今回の発表を誘ってくれた名工大の田村先生が来られたので、御礼の拙著をプレゼントした。田村先生は小説作法に興味がおありのようだったので、昼食時間も含めてずっと小説談義をしてしまった。困った風さんである(笑)。
 ……ということで、午後の発表時間がいきなりやってきてしまった。大野先生も会場に見えた。
 先週の精密工学会春季大会の発表と、元ネタは同じだが、導入部とテーマを若干変更して発表した。ところが、発表を終えていきなり手を上げた人は、先週、中央大学で質問された先生だった! 熱心な先生なのである。この先生とは、午後の休憩時間にもたっぷり意見交換をしたが、本当に生産システムの研究に打ち込んでおられることが分かって、感動した。
 田村先生、大野先生に続いて、会社の同僚も発表した。
 こうして最後まで聴講してしまったので、今日も疲れた。
 帰りのバスで、田村先生と大野先生は終点前の停留所で降りた。
 手を振って別れたが、お二人の行き先は「柳ヶ瀬」である。
 私は名古屋でいったん電車を降りて、愛知県図書館に本を返しに行く必要があった。名駅と図書館の間は市バスで往復した。
 帰宅すると長女が帰省していたが、私は久しぶりにリビングのフローリングの上でダウンしてしまい、ゆっくり話もできなかった。

3月19日(木)「長女は企業戦士・・・の風さん」
 何とか早起きして、電車で出社した。朝から気温が高い。本格的な春の訪れだ。昨日、ワイフが庭の梅に番(つがい)のメジロが来ていたと言っていたが、毎年の光景である。そう言えば、昨日の朝、岐阜大学に着いたら、鶯(うぐいす)が見事な発音で鳴いていた。
 また二日間会社を留守にしていたので、メールがたまっていた。会議に出たり、現場を歩き回ったりしているうちに、どんどん時間が経過して、メールの処理があまりできなかった。
 夕方からかなり疲労を覚えた。無理しているものなあ。
 8時頃帰宅した。
 長女がまだいたが、明日の朝が早いとのことで、夕食後、名古屋へ帰って行った。戦場のような職場で働いていて、立派な企業戦士である。しかし、本当に負傷(厨房で火傷)しているので、親としては不憫(ふびん)である。
 疲労のために英語の論文を作成している気力が湧かず、今夜は、とにかく執念で、手紙を3通書き上げた。明朝投函する。
 『源氏物語』の続きを少し読んで寝た。

3月20日(金)「怖いネットビジネス・・・の風さん」
 最強の執筆マシンにも弱点がある。搭載メモリが少ないのだ。現状1GBで、コミットチャージを確認すると、最大で900MBも使用していることがある。最初から目一杯増設して1GBだった。パソコンメーカーの許容しているMAX値が1GBだったのだ。
 執筆マシンを購入してから2年が経過しているので、そろそろ何か状況変化がないかとチェックしてみたら、某メモリメーカーのネットページに、2GBで動作確認済みと出ていた。「よし」と思ったが、定価が高い。1GBが1個で11900円もする。万が一購入しても、ちゃんと動作しない可能性もあるので、この購入博打はリスクも高いと思った。
 会社の昼休みにネット検索してみたら、最安値がamazonで5030円だった。それを見て再び「よし」と思ったが、すぐ注文するのはやめて、帰宅してからにしようと思った。
 退社して、帰りにパソコンショップに寄ったが、やはり安売りはしていなかったし、在庫もなかった。
 それで帰宅して、すぐに再度ネット検索してみたら、……およよ、安い方から順に消えている! つまり売れてしまっていたのだ。これにはぶったまげた。
 とにかくまだ市販が流動しているようなので、動作確認の意味も込めて、その時点での新品最安値の6980円で発注した。わずか6時間ほどで1950円も損をしたことになるが。

3月21日(土)「東京雨男前日・・・の風さん」
 天気予報は下り坂らしいが、朝からよく晴れていた。
 午前中に、近所の図書館まで行き、来月講演をやらせてもらうので、その下打ち合わせをしてきた。
 帰宅してから、いよいよ英語の論文作成に着手……だが、文章を考える前にやることがある。投稿するためには、そこの基準に合うように図表も修正する必要がある。全体構成がだいたいできているので、修正した図表を挿入しておいて、後は英文を考えるだけにしようと思っていた。
 ところが、この図表の修正にすごく手間取ってしまった。単にフォントを変えて白黒にするだけだったのだが……。
 あっという間に夜になり、とうとう午前零時まで回ってしまった。本当に仕事がのろいと思う。
 今日は、それですっかり落ちこんでしまったが、実は、明日があるさ、と言えないのである。
 明日は、あいにくの雨(たぶん)の中、上京しなければならない。
 東京雨男か、やはり。
 
3月22日(日)「東京雨男じゃないもん・・・の風さん」
 天気予報通り、雨である。
 昨夜福島の母から電話があってまた激論になってしまったため、今日の上京の準備がほとんどできず、おまけに寝不足で、ワイフに駅まで送ってもらって何とか出発できた。それでも、読書の用意だけはしてあった。しかし、先ず、名古屋まで睡眠の補充。
 ところが、昨夜の関連で、名古屋駅で兄と電話する必要が生じたので、また神経をすり減らし、新幹線に乗ってからも寝るしかなかった。精神的に乱されると、仕事はおろか読書もできない。
 東京に着いたが、まだ雨は降っていない。西から追いかけてくる雨雲との競争だ。
 午前中、新宿駅で待ち合わせて、以前から検討中の連載や来年の出版に関する打ち合わせをした。いちおう睡眠効果できちんと目的を果たすことができた。日曜日の打ち合わせに快く応じてくれた二人に、名古屋のお土産を渡したら喜ばれた。
 京王線に乗り、明大前で井の頭線に乗り換えて、駒場東大前に着いた。
 この時点でもまだ雨は降っていない。空も明るかった。
 久しぶりなので、駒場農学碑を見に行った。石碑の前の熊笹がきれいに刈られていた。整備されていたので、安心。この石碑は亡父の墓標でもある。
 今日は、京大の上野先生の母校での「退官記念講演」と「感謝の集い」に出席させてもらうため、のこのこ上京してきたのである。
 今日の講演は「数学とは何か」で、途中で2回の小休憩をはさんだ3時間構成だった。中高生もまじえた150人くらいの聴衆に向かって、最初はゆっくり始まったが、次第に熱を帯びてきて、最後は複素多様体のあたりまで踏み込んで、とても追いつけない状態になってしまった。
 自分が学生の頃は授業を受けるのが苦手で(落ち着きがなくて、自己中心だったから)、ひどい学生だったが、社会人になってからは授業態度は超優等生で、しっかりノートもとるようになった。だから、この間の最終講義も今日の講演も集中して聴いたし、ノートもきっちりとった。
 こういう態度なら、これから上野先生の授業を100回くらい聴講したら、少しは数学を理解できるようになれる気がした。
 夕方から「感謝の集い」にも参加させてもらった。
 たまたま『算法少女』の遠藤寛子さんの近くに立っていたものだから、止むを得ず、この偉大な作家にご挨拶しなければならなくなった。
 すると、驚くべきことが起きた!
 「あなたが鳴海風さんですか」と言いつつ、抱きつきそうなほど、うれしそうな素振りを見せるのである。聴けば、私の作品はすべて読んでおられるとのこと。遠藤寛子さんとは全く縁がなさそうな『怒濤逆巻くも』までしっかり読み込んでおられ、絶賛してくださった。
 こういう出会いが得られるのも、上野先生のお陰だとつくづく思う。
 帰りも雨に降られず、結局、自宅に帰るまで、持って行った傘を使うことがなかった。

3月23日(月)「メモリ増設成功・・・の風さん」
 昨夜も睡眠時間がわずか4時間ほどだった。東京から帰宅して、東京の報告だけでなく、福島の話も含めてワイフと語り合う必要があったからだ。
 睡眠不足でも、頑張って起きて、電車で出社した。行きの電車ではうたた寝していた。
 会社でも、昼休みに睡眠をとって、何とか1日仕事ができた。花粉症もややつらかったが。
 定時後、残業になり、帰宅が遅くなった。
 やはり疲れていたので、帰りの電車でもうたた寝し、目が覚めたら、最寄りの駅に着いたところで、ビックリ飛び起きた……じゃなくって、飛び降りた(笑)。
 昨日、注文したメモリが届いていたので、夕食後、書斎に入ってから真っ先にそのメモリと既存のメモリを入れ替えてみた。現状は500MBが2個入っていたので、1個を外して購入した1GBを入れた。
 執筆マシンの電源を入れて、システムやタスクマネジャーでチェックしてみると、ちゃんと1.5GBに増設されていた。
 しばらく動作確認をし、調子が良いようだったら、もう1個購入して、2GBにするつもりだ。
 
3月24日(火)「ボケ猫のケア・・・の風さん」
 昨夜から今朝にかけて、花粉症がひどく呼吸が苦しかった。おちおち寝ていられない、とはこのことだ。何度か目が覚めて、とうとう我慢できずに起き出して、鼻をかんだり顔を洗ったり目薬をさしたりしなければならなかった。
 そして、夜が明けたら、外は上天気だった。
 今日は電車出勤はやめてミッシェルでゆっくり家を出た。
 会社ではどうしてもやりたい仕事を優先して片付け、少し早めに退社した。もうずっと毎日花粉症の薬を飲んでいるので、昼間はどうにか生きていられる(^_^;)。
 帰宅して、横になった。疲労をとらないと、英語の論文などという大それた仕事には容易に取り掛かれない。
 1時間ほど仮眠してから起きて、ネットを立ち上げたら、WBCで日本が優勝していた! 連覇だけでなく、韓国に勝ったので北京五輪の雪辱も成し遂げたことになる。不景気が続く中、ノーベル賞受賞と同様に、これは日本にとって最高の贈り物だ。監督や選手には国民栄誉賞を贈るべきだろう。ここぞというところで決勝打を放ったイチローには、過去の辞退分も含めて3つぐらい国民栄誉賞を与えてもよい。
 夕食後、ワイフに増設したメモリの話を自慢げにしていたら、その間に、シルバーの姿が一瞬に消えた。玄関の方角で怪しい物音! 話を中断して飛んで行ったら、戻ってくるシルバーとすれ違った。
 廊下に4個のう@ちとオ@ッコの水溜りが……。
 我が家にボケ老人はいないが、ボケ猫のケアで十分同じ体験を積んでいる。
 英語の論文がはかどらないので、明日もミッシェルで出社しよう。その方が、今夜遅くまで頑張れる。
 
3月25日(水)「鳥の声にも過敏・・・の風さん」
 「ちょっと来い。ちょっと来い」
 朝っぱらからコジュケイ(小綬鶏)の声で目が覚めた。本当にうるさい鳥だな、もう。
 英語の論文が進まないので、きわめて気分が悪い。
 定時にギリギリに間に合うようにミッシェルで出社。
 会社の仕事もしなければならないが、英語の論文がピンチである。昼休みに昨夜自宅から送ってあった論文を開いて、ある1節のリファインをやった。もう昼寝もしていられない。
 定時後に、昼休みにリファインした論文を自宅へ逆送し、慌しく退社。
 だいぶ日が長くなってきたな。空の色が妖しくくまどられている。電線に無数のカラスが止まって、不気味な叫び声を上げていた。
 「苦しい。苦しい」
 と聞こえる。
 明日は、午前中は総合病院で半年ぶりの検査と診察。午後は本山でゼミだ。

3月26日(木)「Manuscript作成で大収穫・・・の風さん」
 やはり朝早く目が覚めた。緊迫したスケジュールが入っていると、どうしても眠りが浅くなるようだ。
 天気というか気温が下り坂で、予報によると明日の午後には雪が降るらしい。
 面倒なので、ラフな格好で出発。足はミッシェルだ。
 病院での検査はUFM。尿勢検査である。しっかり記録を出すためには(?)、水分補給が必要だ。出かける前にミルクとコーヒーを飲んだが、ミッシェルの車中でウォーターを補給。病院に着いてから、カップコーヒーまで飲んだ。
 その努力の甲斐あって、模範的なデータが出た(笑)。
 今日は、ついでに花粉症の薬ももらった。
 ミッシェルがガス欠寸前なので、某所にクルマを置いて、電車で本山へ向かった。
 ゼミは午後2時から6時まで、途中、コーヒータイムをはさんで、みっちりとやった。昨夜まで焦って準備した範囲内で終わったが、明後日の分ができていない。それが問題だ。
 しかし、今日は大きな収穫があった。
 ゼミの内容は、月末までにドイツへ送る英語のManuscriptの作成だった。いちおう日本語の原稿があって、それを英文化したもので、いきなり大野先生のチェックを受けるのだ。日本語の原稿など確認はしない。つたない英文からでも、主張したいことは伝わるから、日本語の原稿など不要なのである。しかし、今日の収穫は、もっと高次元の内容である。日本人の遠慮深さがそのまま英語の原稿になっていたことを、大野先生から鋭く見抜かれたである。日本人の外交下手にも通じる恥ずべき英文だった。本来日本がオリジナルだったものを、欧米によって後で概念化されたものを、あたかも既成の標準として使ってしまったのだ。修正後は、日本が最初に取り組んだという内容になった。
 帰宅して夕刊を見たら、明日の降雪予報が消滅していた。
 天気がどうあれ、英語のManuscriptをどうやって完成させるか、だ。

3月27日(金)「背水の陣は続く・・・の風さん」
 昨日の深夜、とうとう諦めて、決心した。のろまの風さんとしては、今日を有休にして英作文に取り組まない限り、Manuscriptの完成はおぼつかない、と見切ったのである。
 それで、階下のリビングから会社のサーバーにアクセスして、今日の有休を連絡しようとしたら、会社から借りているワンタイムパスカードが不調になってしまった。電池切れかもしれない。それで、止むを得ず、通常のメーラーを使って連絡した。
 浅かったかもしれないが、約8時間の睡眠をとって起床。
 ひたすら、わき目もふらず、英作文に取り組んだ。……しかし、スピードが上がらない。
 ワイフからきついフォローが何度も浴びせかけられる。ずる休みしていると思っているのだ。そうではない! 本当に力不足なのだ。あるいは、やはり老化現象……とほほ。
 それにしても、最強の体制が整っているな。翻訳ソフトに翻訳サイトを両画面に立ち上げておいて、電子辞書と技術英語の専門書を脇に置いているのだから。
 これでペースが上がらないのだから、やはり老化現象か(涙)。
 そんな今日、寄稿した文章が掲載されている、岩波書店の雑誌「科学」4月号の見本が届いた。
 二つの特集のうちの一つ「世界天文年」に寄稿したのだが、ページを開くと周囲は専門家ばかり。老化した小説家が、こんなところへ原稿を書いていいのか!? 少しへこんだ。
 たからしげるさんの新刊『由宇の154日間』(朔北社)が届いた。きれいな表紙。小ぶりの本で詩集のような趣き。極上の内容に違いない……と思っていたら、早くもワイフに奪われた(笑)。
 とうとう今日も深夜になり、日付変更線もあっさりと飛び越え、夜はますます深々と更けていった。

3月28日(土)「目覚めたらパソコンが不調・・・の風さん」
 明け方の4時半ころ、どうにも不調で、また書斎の床に寝転んで……そのまま2時間半ほど仮眠。
 いくらか元気が回復したので、起き出して続きを始め……ようとしたら、パソコンの画面が真っ暗! 動作音ばかりがする。電源のオンオフを繰り返してみたが、ウィンドウズが正常に起動しない。
 これは1年以上前に遭遇したトラブルの再発である!
 あのときは液晶画面が壊れたのかと思いつつ、サービスセンターへ電話して、オペレータの女性の言う通りにやってみたら、何とか復帰したのだった。
 さあ、あのときの復帰方法は、どこかに記録してあったはずだが……。
 モバイルパソコンのアシュレイを立ち上げてみたが、見つからなかった。
 困った……。次に、モバイルHDをつないで開いてみたら……あったー!
 あらゆる接続を外し、電源を入れてすぐF2キーを押し、続けてF10キーを押し……とやっている間に、BIOSの設定画面が出てきた。そうか……。
 最悪の事態を避けることができた。
 これからは、もう時計とのにらめっこというか、時間との戦いだ。
 今日のゼミは午後1時スタート。そのためには、最寄りの駅を11時半には出発しなければならない。
 Manuscriptは8〜10ページ以内におさめなければならない。私の場合、短く終わることはあり得ないので、目標は10ページだ。まるでボクシングの試合前の減量みたいなものだ(笑)。
 あらかじめ図表や数式は配置してあり、あとは残ったスペースに文章を入れるだけなのだが、10時までに文章は書き入れたものの、ページ数は11ページとオーバーした状態だった。これを短縮するための時間はもう残されていなかった。
 急いで出かける準備をした。朝食も腹の中へおさめ、風呂にも入ってさっぱりした。
 いちおう元気になった気がしたので、上野先生の『数学フィードワーク』を持参して出かけた。
 しかし、電車の中で目を通している間に気が遠くなって……行きの電車の中では爆睡。
 ゼミは、途中コーヒータイムをはさんで6時過ぎまで続いた。
 今回も大野先生に多大な労力を費やさせてしまった。
 それでも何とか格好がついた。
 帰りの車中でも、また爆睡した。
 帰宅したら、新人物文庫『円周率を計算した男』の再校ゲラと、増設用のメモリが届いていた。
 この間、しっかり見直したゲラだったので、再校ゲラを眺めて、非常に期待感が湧いてきた。ジュンク堂のトークセッションを申し込んだのは正解のような気がしてきた。
 夕食後、届いたばかりのメモリを早速装填してみた。
 1.5ギガから2ギガへちゃんと増えていた。ばんばーい!
 帰宅して、もうフラフラだったので、今夜は知能労働は中止し、この1ヶ月間でもらった名刺の整理と経費の使用記録、領収書の整理にあてた。

3月29日(日)「なかなか遅れが挽回できない・・・の風さん」
 夕べも就寝が遅くなってしまったが、とにかく8時間の睡眠を確保して起床。
 今日も好天気だ。
 朝食後、雑用を片付けに外出した。ミッシェルの給油と買い物である。観光地は運が悪いと……じゃなくって、油断すると渋滞にはまってしまう。地元の住民ゆえの土地勘を最大限に生かして、裏道を走り抜けなくてはならない。
 1時間で帰宅することができた!
 老体にムチ打って風さんは頑張っているが、同じ老体のシルバーはますます老境に入っている。
 昨日も今日もあちこちで粗相をしてくれた(今日など、流しのキッチンマットの上に大量のウ@チを!)。夕方、オ@ッコの滲みた玄関マットを風呂場で洗って、物干し台へ。
 昨日やり残していたManuscriptに取り組んだが、意外とてこずった。
 結局、夜までかかってしまい、日本経営工学会春季大会の予稿に着手することができなかった。
 『円周率を計算した男』の再校ゲラもあるのに……。
 
3月30日(月)「Manuscriptを送信・・・の風さん」
 久しぶりに出社した……気分だった(笑)。
 Manuscriptの社外発表許可申請をするために、午前中に本社まで行き、上司の承認をもらって社内事務局へ渡して、製作所へとんぼ返りしてきた。
 その間に、大野先生からも最終の修正指導が届いた。
 久しぶりに会社の仕事もして、夕方早々に帰宅した。
 Manuscriptの最終修正に、また時間がかかってしまった。
 そして、午前零時半、最終デッドラインまで1日ちょっとを残して(ドイツとの間では時差があるからね)、先方のサーバーへManuscriptを送付した。
 ……というわけで、今日も日本経営工学会春季大会の予稿に着手できなかった。『円周率を計算した男』の再校ゲラも。おっと、ETCマイレージのポイント交換も明日までじゃんか!

3月31日(火)「休んでばかりいた超多忙な1ヶ月・・・の風さん」
 今日も睡眠不足だが、出張予定がないので、電車で出社した。ということは、早起きしたということ。それがまた睡眠不足を上積みした。
 どうせ読書するだけの気力はなかろうと、ケータイに録音した英語を聴きながらの通勤となった。ただし、イヤホンを更新したので、音質が向上したかと思いきや、原理が変わったことにより、呼吸音やら足の裏の反動までが鼓膜に伝わり、だいぶ違和感があった。もう少し研究する必要がある。
 会社で寝てしまわないように(笑)、体を使って仕事をした。今日は、治具の設計である。何とか、一式書き上げることができた。しかし、設備全体はけっこう大規模なので、完成までの道のりは遠い。これからも眠気覚ましに設計図を書こう。
 とうとう今日で3月もおしまいだが、思い起こせば、すさまじい1ヶ月であった。背伸びなどというものではなく、トーシューズで爪先立っていて、さらに全力で垂直跳びをしているぐらいの無茶だった。その結果、会社を休んでばかりだった。通常の週休二日に加えて、不況による休業日が3日もあったにもかかわらず、有休を4日も取得してしまった。結果、休日が16日もあったわけで、月の半分以上が休日だった。そして、出勤日でも、東京や岐阜へ4日も出張していたわけだから、ほとんど会社にいなかったことになる。
 そのような月末だったが、今日は速攻で帰宅した。やらねばならないことはまだたんとある。

09年4月はここ

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